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大地のご加護がありますように

1-6

 何故、爛みたいな可愛い娘がいるのに、魔術研究部は部員不足なのか。
 爛並みの可愛さならば、飢えた男どもが一斉に魔術研究部に殺到するのではないのか。また彼女を慕う女子生徒だって入るはずだ。
 が、部員は不思議と少ない。
 大林に聞いたところ、部員は北條、爛、大林の3人に先輩が一人らしい。
 これは絶対おかしい。いくら何でも少なすぎる。
 この俺の疑問は、その日の内に簡単に解決された。


「で、結局俺は何をしているんだ……」
 今日の授業はアッサリと終了し、放課後になった。
 速攻帰ろうとした俺を北條がガッチリと捕まえ、引きずられてとある教室の前まで俺は連れてこられていた。
 その教室の入り口に掲げられている表札を見て、俺はさらにげんなりする。
 ――魔術研究部――
 そう、俺は北條によって無理矢理この魔術研究部の部室まで連れてこられたのだ。
 男のくせに女に引きずられてるんじゃねぇよ! とか言うんじゃない。北條、マジで力強いんだから。いや、ホント。
「で、俺をこうして連行した訳を聞こう」
「訳も何もとりあえず部活見学でしょ。あなた、自分で考えておくとか言いながら逃げるつもりだったの?」
「いや、俺、別にそれほど興味ないから。また次にしてくれ」
 そう言って踵を返し、俺は教室へ帰還しようとする。
 ――が、
「お待ちっ!」
「ぐえっ!」
 思いっ切り首根っこを掴まれ、俺は頭から廊下にひっくり返される。
「見てもないのにそんなこと言わないの! とりあえずアンタは見学する。そして入部する」
 もはや反論する気力もない俺はコクコクと首を縦に振った。北條は「それで良い」と言ったような雰囲気でニヤリと笑いかけてきた。
 そして、俺の首根っこを掴んだまま、彼女は元気よく部室のドアを開ける。
「どーも、失礼しまーす! 高等部一年三組、北條雪恵、入りまーす。ちなみに新入部員候補連れてきましたぁ!」
 そう言って、ズンズンと中に入る北條。部室の中は暗幕によってまだ明るい外とは正反対に真っ暗だ。明らかに不穏な空気が流れている。てかなんか異臭がするんですけど……。
 と、その時だった。部室の奥からドタバタという音が聞こえて、闇から誰かが出てきた。
「そそそそそ、それはホントーかぁー! 雪恵さーん!」
 突然誰かがこっちに向かって飛びついてくる。そんな人影に北條は容赦なく回し蹴りをくらわせ、人影はきりもみしながら部室の壁にぶち当たった。実に痛そうだ。
 本日、北條の手によって葬られた人、二人目だ。可哀想に。
 人影は少しの間無言の悲鳴を上げながら悶絶をしていたが、落ち着いたのかむくりと立ち上がり、こっちの方にフラフラと歩いてきた。
「雪恵さーん。もう少し手加減してくださってもいいんじゃないんでーすかぁ?」
 ドアから入る光で、段々と人影の姿がハッキリとしてくる。声の高さからどうやら女の子のようだ。
「だったらその飛びついてくる癖、何とかしてください。毎回私が誰か連れてくるとル○ンダイブを敢行するんだから。こっちも部員確保のために大変なんですよ。この前の子はそれでびびって逃げちゃったじゃないですか」
「ああ、スイマセン。でも、なんていうか嬉しくて仕方がないんですよ。さぁ、今日は誰を連れてきたんですか?」
 人影がハッキリと見えた。髪は肩で切りそろえられ、なかなか少し小さめの顔。細めの目が実に嬉しそうに俺たちの方へ向けられているのだが、その眼差しはどこか猫を連想させるような感じだった。少し恐い。身長は北條よりも大きいが俺より小さいくらいだろう。彼女は白衣を身に纏っていて、どこか不思議な雰囲気を醸し出していた。
「ほら、こいつ。同じクラスのやつ」
 首根っこを掴まれたまま、なんか取ってきた獲物を差し出すような感じで俺を突き出す北條。
 おい、扱い方間違ってねぇか?
 目の前の女は「まぁ!」と感嘆の声を出し、体に飛びついた。突然のことにビックリし、胸に当たる何か柔らかい二つの山の感触で顔を一気に熱くする。
 とりあえず逃げようと後ずさるが、彼女はガッチリと俺の身体を捕まえている。髪の毛からは甘い女の子の匂いが……
 ベキョ、バキョ、ベキベキ……
 急に彼女が抱きつく力がきつくなった。体のあちこちから変な音がし――
「う、ぎゃー!」
 と、理性が崩壊する前に見事俺は失神した。
 なるほど。だからこの部には人が集まらないんだ。
 堕ちる前、俺はそう悟った。


 気が付くと、俺はベッドに寝かされていた。どうやらここは保健室のようだ。
 先ほどまでのことを思い出す。そう言えば魔術研究部に連れて行かれ、中から出てきた変な女にあり得ないほどの力で抱きつかれて、そのまま失神させられたんだっけ。
 今もなお、身体のあちこちが痛くて思うように体を動かすことができなかった。
 苦労して起きあがる。保健室内には後二つベッドがあり、その二つとも空で、保健医の姿も見えない。つまり、この部屋には俺一人って訳だ。
 すでに外は夕暮れで、運動場からは運動部のかけ声が聞こえる。
 本当に酷い目にあった。
 俺はベッドからゆっくりと起きあがり、ふぅとため息をつく。
 何て言うか、この学園に入学してからまだ二日なのにもう一年経ったように疲労感がたまっている。
 まぁ、慣れない学園で、自分が望んでいなかった環境下に置かれているからだろう。自分は、この学園に来るべき存在ではない。
 先ほどより大きなため息をつく。
 きっと開明高校に進んでいればこんな事に遭うこともなかったはずなのだ。ああ、そうだ。あのとき、俺が熱さえ出さなければ。あのとき回答欄を一つずらして書いていなければ。
 が、すでに終わったことを悔やむのはハッキリ言って無意味だ。
 終わったことは仕方ない。俺は開明高校に落ち、こうして聖術学園に入学したのだから。
 俺は立ち上がり、うん、と背伸びする。体は痛いが、まぁ歩く程度なら大丈夫だ。とりあえず教室に荷物を取りに行って、早いところ帰ろう。
 保健室を出て、俺は校舎四階にある教室に向かう。途中、グラウンドに目をやると、すでにほとんどの部は活動を終えたのか人がまばらにしかいない。それにその人達もグラウンドの整備をしたり備品の片づけをしていた。
 もう、こんな時間か。
 廊下では全く人に出会わず、教室にも誰もいなかった。
 机の隣に引っかけられていた鞄を手に取り、俺は教室を出た。昇降口で靴を履き替え、校舎を後にする。
 夕焼けが空を真っ赤に染めていて、そのあまりのまぶしさに俺は目を細める。さくらの花びらがひらひらと舞っている。
「ん?」
 背後に、視線を感じ俺は振り返ったが、その先にあるのは夕焼けに映える聖術学園の校舎しかない。窓からこっちを見ている生徒の陰もない。
 俺は不思議に思い首をかしげるが、まぁそんなの気のせいだろうと決めつけ、それ以上は考えずに歩き出しだ。
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