大地のご加護がありますように
1-5
「で、雪恵ちゃんは、ええっと――」
「真野」
「そうそう。ごめん、まだよく名前覚えてないの。それで、真野君に無理矢理入部を勧めていた訳ね」
「いやぁ、爛ちゃん。そんな無理矢理ってわけじゃぁ……」
が、魔飢留はキッと北條を睨みつける。
北條はしゅんと小さくなり「……ごめんなさい」と小さく呟いた。
「もう。雪恵ちゃん。そうやって無理矢理入部を勧めるのはやめようって決めたじゃない。ただでさえ部員が集まらないのに」
電波女は全く反論できず、先ほどまでの勢いなんてほんとどこかに行ってしまったような格好だ。
ふむ、この電波女を黙らせるとはさすが会長の妹だ。
そう俺が感心していると魔飢留はクルリと俺の方を向いた。
「ごめんね、真野君。雪恵も決して悪気があった訳じゃないから」
「いや、そんなに気にしてないから」
こう正面から見ると、彼女はかなり可愛かった。何て言うか姉は大人な魅力をすでに兼ね揃えていたが、妹の方はまだあどけない顔をしていて、美女と言うより美少女という方がしっくりくる。
ポニーテールの髪に、くりくりとした愛らしい目。それに真っ白とまでいかなくてもそこそこ白く、健康的でつややかな肌。幼さの残る顔にはあまり合わないプロポーション。ついつい目線が下がってしまいそうだ、マジで。
なんていうか、森の中にでもいそうな妖精。そう、妖精だ。彼女を例えるなら妖精という形容が一番しっくりくるだろう。まぁ、体の方は妖精と言うにはきついが。むしろグラビアアイドルだろう。妖精顔のグラビアアイドル。ものすごい例えだ。俺の想像力のなさを痛感する。
とりあえず、どうやら、じゃなくて確実に魔飢留姉妹は姉妹揃ってかなりの美のつく容姿をしていることが分かった。
じろじろと見る俺の視線に気づいたのだろうか、魔飢留は首をかしげて俺を見つめる。慌てて目線をそらすと彼女はクスリと笑ったようだ。
「と、とりあえず、サンキュ。魔飢留さん」
俺は彼女に礼を言い、椅子をただした。
「いいよ。って名前覚えてくれてたんだ」
彼女は実に嬉しそうに目を細める。
その顔があんまりにも可愛いものだから少し俺は恥ずかしくなった。頬がカッと熱くなる。
「まぁ、生徒会長の妹だし、結構インパクトがあったからな」
目線をそらしながら俺は言う。確かに生徒会長はインパクトがあった。いや、それどころか昨日から俺はあの生徒会長のことばかり考えていた。
入学式のことがとても気になる。もしかして気のせいかもしれない。でも、俺には気のせいには思えなかった。
あの背筋が凍るような笑み。そして、俺の内面を見透かしているようなあの鋭い視線。思い出すだけでもぶあっと汗が噴き出てくる。
「ああ、なるほどね。なーんだ、少しつまんない」
そう言いながらも、彼女は嬉しそうな表情を浮かべる。
まぁ、とりあえず彼女のお陰であの電波女こと北條からは逃れることができた。本当に感謝せねば。
と、さっきから小さくなっている北條を一瞥する。
未だに俯いており、なんだか考え事をしているようだ。
そして、バッと彼女は顔を上げた。その顔は何か名案でも思いついたかのような表情。
嫌な予感。
「ねぇ、じゃあさ、爛ちゃん。爛ちゃんが誘ってよ! ほら、爛ちゃんなら無理矢理誘ったりしないでしょ。それに、あくまでも誘うだから。誘う。無理矢理じゃないよ!」
一気にまくし立て、北條は俺の方を向いて瓶底眼鏡越しにウインクした。あまり可愛くない。
いや、そう言う問題じゃない。たった今、違う問題が発生したではないか。
まさか、まさか。
「も、もしかして魔飢留さん。あなた……」
汗だらだらで俺が問うと、彼女は少し赤く頬を染めながら……
「……うん」
と頷いた。
ウソだろぉ! と本気で叫びたくなったのをかろうじてこらえる。人は見かけで判断してならないということに今更ながら実感する。
この二人が入学して間もないのにこれほど仲が良さそうなのはこんな理由だったのか。
――彼女も魔術研究部なのだ。
何て言うか、意外だったし微妙にショックだったりする。
彼女はエヘヘと可愛らしい笑みを、頬を染めながら浮かべている。
北條を見ると、彼女はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべていた。彼女の魂胆がハッキリと、手に取るように分かる。
つまり、まぁ、魔飢留の可愛さとかその他諸々を利用して、俺を陥落させようという魂胆だ。
ものすごくせこい。せこすぎるぞ、北條。
再び、俺は魔飢留に視線を戻す。
「ええっと、まぁ、良ければ魔術研究部に入ってくれれば嬉しいかなぁって私は思ってるんだけど……」
上目遣いに俺の顔を見つめる魔飢留。おい、絶対狙ってるだろ、これ。
女の子の上目遣いには殺人的な威力があると、俺の唯一の悪友は言っていた気がする。
確かに――その通りであった。
「と、とりあえず考えておくよ」
魔飢留はうんうんと頷き、ニパァと笑う。後ろでは北條がガッツポーズし、大林は相変わらず白目をむいたままだ。
「――あ、それと」
人差し指を俺に向けて、彼女は上機嫌に言った。
「私のことは、爛って呼んでね。大地君♪」
一瞬で、俺の顔は沸点を突破した。
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