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大地のご加護がありますように

1-4

 そして、次の日。
 まぁ、当たり前なんだけど俺は学校に来ていた。ポケットの中には昨日もらった入部届けが四つ折りで入っている。もちろん、一文字も記入していない。
 昨日は本当に災難だったと思う。訳の分からない電波女に絡まれ、意味が分からない話を延々と聞かされた。そしてとどめはこれだ。
 魔術研究部。どうやらあの電波女は中等部からこの学園に通っているようだ。
 聖術学園では部活動は中等部と高等部が一緒に行っているらしい。なので、どの部もハイレベルな練習ができ、それでいて経費が削減できる。かなり強い部も幾つか在るようだ。きっと、あの電波女は中等部の頃から魔術研究部に所属していたのだろう。そうじゃなきゃ入学式の日に入部届けを書け、なんて言うわけがない。
 大きなため息をつき、靴を履き替える。
 この学校に入学し、初めて言葉を交わしたのがあんな女とは。それに、あんな女以外とは話すらしてない。なんだか、無性に悲しくなった。しかし、それは自分が負けてしまったからだ。自分は本当ならこの場に存在などしないはず。だからこそ、ここにいることが哀しく、そして虚しい。俺自身がこの場所を受け入れることができず、そして拒絶している。だから、苦しい。辛いのだ。
 歩く足取りも重く、何も入っていないはずの鞄が重く感じられる。ずっしりと背中に大きな岩を担いでいるような感覚だ。
「ああ……」
 本当に、神は酷いことをしたと思う。何故こんなところに俺はいるのか。
 一体何度目だろうか。同じことを考える。堂々巡りすることくらい分かっている。
 でも、やっぱり考えずにはいられない。俺は教室を目指してゆっくりと歩く。
 教室に入り、廊下側前から三番目の席に腰を下ろす。辺りを見回し、あの電波女がいないことを確認する。ホッと安堵の息をはき、鞄から必要なプリントやノートなどを取り出す。
 不意に、一人の男子生徒が席の前に立った。俺は彼を見上げる。なかなかの長身で、髪は少し茶色がかかっており、なんだか女みたいな顔の男だった。
 彼は俺と目が合うと、二カッと笑って前の席に腰を下ろした。
「やぁ、昨日は災難やったなぁ。アイツに速攻目ぇつけられるなんてあんさんホンマすごいわ。素質あるんちゃうか?」
 突然、容姿とは全く反する陽気な関西弁でしゃべり出す男。どうやら、俺にはこんな変なキャラを寄せ付ける何かがあるようだ。フェロモンか? そんなものが出てたりするのか?
 げんなりとし、俺は海より深いため息をつこうとするが、さすがに話しかけてもらった人の目の前でそれはマズイと思い、何とか押し殺す。
「あ、そーいや自己紹介がまだやったな。ワイ、大林紀之(おおばやし のりゆき)っていうねん。ヨロシクな」
 そう言うと、大林は手をさしのべる。俺はその手と握手をした。
「俺は真野大地。とりあえずヨロシク」
 愛想笑いだけでも浮かべておこうかと思うが、どうも頬が引きつってしまう。
「あの女はなぁ、いつもああ強引やねん。あ、あいつ北條雪恵(ほうじょう ゆきえ)っていうねん。ワイの幼馴染み。中等部の時から魔術研はいっとってなぁ。あ、ちなみにワイも入ってんねん。雪恵の策略にはまって入ってもうたんやけどな。
 それでなぁ、なんか雪恵は魔力かなんかを感じるらしいんよ。それで感じた相手をとりあえず勧誘しまくっているわけ。どや、昨日の納得いったやろ。ちなみにワイはそんなん全くわからんのやけどな。ハッハッハ!」
 さらりとなかなか恐いことを言う。策略? なんじゃそりゃ。嫌な汗が流れると同時にガラリと教室のドアが開け放たれた。その向こうに立っていたのは昨日の電波女こと北條雪恵だった。
 北條はずんずんと大林に向かって歩いてきて立ち止まる。
「……紀之。あんた何言ったのよ?」
 その声は殺気がこもっており、かなり底冷えした声だった。
「えっ? 何やて、雪恵。別にワイは何もいっとらんよ? 普通にありのままの事実を、へぶぅっ!」
 北條は手に持っている鞄で思いっ切り大林の頭を殴った。椅子に座っていた大林はそのまま後ろへひっくり返り、そして後頭部を机に思いっ切りぶつけた。声にならない悲鳴をあげ、頭を押さえながら床を転がり回る大林。かなり痛そうだ。
 そんな大林の姿を無視して、北條は俺に向き直った。
「ちゃんと入部届け、書いてきた?」
「いや、一文字も書いてない」
 ありのままの事実を述べる。すると、彼女ははぁ、とため息をつく。
「駄目よ。それじゃあ昨日の話、全然聞いていないのと同じ」
 いや、実際なんにも聞いていないし。と、言いそうになったのを、俺は慌てて飲み込んだ。先ほどの大林の有様が脳裏をよぎったのだ。大林はまだ頭を抱えたまま白目をむいて悶え苦しんでいる。さすがにこんな風にはなりたくない。
「何度も言わせないでよ。あなたは魔術研に入るしか道はないの。ほら、早く書いて提出。それだけでいいのよ?」
 何がそれだけだ。てか勝手に何をおっしゃっているのですか、貴女は?
 心の中で毒づき、ボーっと北條を見る。
「あー、もう! さっさと書く。ほらっ!」
 そう言って、北條は入部届けを懐から出してきた。こいつ、普段から持ち歩いているのか?
「当たり前じゃない! いつ、どこで、誰を勧誘するかわからないんだから!」
 半ば逆ギレの状態で北條は答える。しかも、俺の内心まで読んだ。本当に不気味な女だ。背中に寒気を感じた。
「とりあえず早く書け! 入部しろ! アタシを崇めろ!」
 北條はかなり興奮しており、もう手のつけようのない状態だ。言っていることもかなりめちゃくちゃだし。
 てか最後の言葉、結構まずくないですか?
 そんな気迫に押され、さすがの俺も椅子に座ったまま後ずさりする。
 こえぇ、かなりこえぇ……。
「ちょっと、雪恵ちゃん」
 不意に大地の後ろから声がした。俺と北條は同時にその声の主を見る。
「爛ちゃん――」
 俺の後ろに立っていたのは、あの生徒会長の妹、魔飢留爛だった。
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