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大地のご加護がありますように

1-3.5

 それは、入学式の少し前のことだった。

 渡された書類に目を通す。
 革張りの椅子にさらに深く腰掛け、その書類を渡した男を軽く睨みつける。
「……本当にそうなの?」
 高ぶる感情をどうにか抑えつけて、できるだけ平静を装って声を出す。本当は声が震えていたかもしれないが、とりあえず今はこれが限界だ。
「ええ、そうですよ」
 目の前の男は憎らしいほほえみを浮かべている。実にしゃくに障る笑い方だ。いつもの彼女なら間違いなくぶっ飛ばしているだろう。
 しかし、彼女は書類の内容に心奪われ、また目の前の男の不審さに警戒する。そんな彼女の内心を知ってか、男はさらにほほえみを深める。
「で、あなたは何なの? 何でこのことを私に教えてくれたの?」
「そうですね。ちょっとした気まぐれですよ。ああ、それと調査も兼ねてますね」
 調査?と聞きそうになって慌てて彼女は口をつぐむ。そう聞いてしまったら、もうこの男のペースになってしまう。それだけは避けねばならない。
 もう一度書類に目を向ける。信じられないデータと、そして彼女の願いを叶える為の方法がびっしりと書き記されている。
――こんな子が入学してくるだなんて――
 ハッキリ言って、この学園にはこんな人が入学してくること珍しくもない。魔力の観点で言えば、この子は普通並み、もしくはそれ以下だ。
 でも、さすがにこんな調査結果は見たことがない。魔力欄の横に書かれた数字。これだけの数字。本当にあり得ないとしか思えないデータだ。
 しかも、一体こんなデータをどこから手に入れたのか。これほどまでに詳しい調査なんて、国が総出で行っても一ヶ月はかかる。なのにこの男はそんなデータをいとも簡単に入手し、それを赤の他人の彼女に見せている。
 本当はもっと警戒すべきなのだろう。だが、彼女の中の純粋な好奇心と願望がその警戒を少し解いた。
「あなたは何処まで手を出す気?」
 男の笑みがさらに深まる。きっと予定通りの流れになったのだろう。そのことに、彼女は気づかない。好奇心と願望だけがズンズンと前に進む。
「私ですか? 私は手を出す気はないですよ。あなたの願いでしょう。私が出る幕はここまでです。情報を渡し、その情報を元にあなたは自らがすべき事をする。私はそれを傍観するだけで良いんです。すべてを知っているギャラリーとしてね」
 そう言うと、男は失礼、と一言だけ残し部屋から出て行った。
 彼女は机の書類を集め、パラパラとめくる。そして、一枚目にクリップで留められた写真を見た。
「これだけの力を持つ、魔司(まし)……」
 ニィ、と彼女は笑った。
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