大地のご加護がありますように
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ああ、何でこんなところに俺はいるのだろうか。
季節は春。
さくらが満開に咲き誇り、さくらの花びらが辺り一面に舞い散り、地面に重なっている。
俺こと、真野大地(まの だいち)はそんなさくらの咲く道を暗澹たる気持ちでとぼとぼと歩いていた。
そう、今俺はこれから通う『聖術学園』(せいじゅつがくえん)へと向かっているのだ。
俺にとって、その学園は第一志望でも、滑り止めでもない。
つまり、眼中にもなかった学校だった。
だが、俺は今日付で、その学園へと入学する。そう、入学するのだ。
時を遡れば、まだまだ冬のまっただ中だった二月の中旬。サクラチルチルサクラチル。俺は見事、受験戦争に敗れた。
不幸にも第一志望の高校の入学試験当日に高熱を出し、めちゃくちゃな結果になってしまったのだ。
絶対的な自信を持って受験していた俺は、滑り止めなどというものはもちろん用意していなくて、思いっ切り慌てた。
すぐにまだ入試に間に合う高校を探したり、二次募集のある高校を探したりした。
もちろん、そんな高校はいくらでもある。いくらでもあるのだ。
が、しかし、不幸はさらに続く。
まず、二次募集が予定されていた高校すべてが、その募集を取り下げた。理由は志願者数と合格者数が定員を軽く超えていたからだという。
ふざけんな、と叫びたくなったがそうなってしまったのだからしょうがない。
一応、とある入試の遅い学校の受験日には間に合った。
少しばかり遠い高校だったが、これは仕方がない。とりあえず、中浪はさすがにマズイからだ。
電車で受験会場へ向かう。そこでまた、俺に不幸が襲いかかった。
なんとその日、受験会場周辺では記録的な豪雪に見舞われたのだ。そりゃもう一時間に一メートルとかそのくらいの豪雪。
ものすごい吹雪の中、電車が動くことはなく、そのまま俺は電車内で四時間も足止めをくらってしまった。
さらに理不尽なことに、試験は予定通り行われていたそうだ。
見事、高校生活への望みが絶ちきられてしまった俺。
途方に暮れ、本気で中浪を覚悟していた三月中旬、その手紙はやってきたのだ。
『貴殿の、当学園への入学を許可する』
突然やってきた大きな封筒。同封されていた手紙には、そんなことが書かれていた。
封筒の中には、学校パンフレット。表紙にはでかでかと『国立聖術学園』と書かれている。
いきなりのことでもちろん俺は驚いた。身に覚えのない高校への入学許可の文章や資料が届けば誰でも驚くであろう。
この届けに、母親は狂喜爛漫し、当たり前のように入学金などのお金を納めてしまった。
あとはトントン拍子で決まっていった。何度か聖術学園を訪れ、話などを聞き、制服などを揃える。
もちろん、俺は釈然としなかった。
中学の頃、百年に一人の秀才と呼ばれた俺が、何でこんな訳の分からない学園に入学しなきゃならないんだ。しかも、入学試験すら受けておらず、突然の入学許可のお知らせ。
実際、そんな無名校に入学するのは著しく俺のプライドを傷つけるものであった。だいたい、他の高校すら受かっていないのに、こうして入学許可のお知らせを貰うだなんて馬鹿げている。
だけど、中浪と比べれば……。
学園へ向かう足取りは重い。かなり重い。
鬱陶しいほどさくらはきれいに咲いていて、周りを歩く新入生らしき連中は笑顔で歩いている。
そんな様子を見て、俺はさらに暗澹たる気持ちになる。
――ああ、ホント。嫌になる。
結局のところ、負けて来てしまったこの学園。そう、入学する理由は負けてしまったからだ。
受験という戦争に負け、いわばここは捕虜収容所。負けてしまった者の定め。しかも、自分は大将だ。大将がこんな捕虜収容所に入るだなんて、ハッキリ言って耐えられないのが普通だろう。ちなみに俺もそうなるかもしれない。
負け、という二文字が嫌いな俺にとってはこれ以上ない屈辱である。ぎり、と奥歯をかみしめる。
学園の校舎が見えてきた。
国立聖術学園は中・高・大の三学校園から成り立つ学園だ。
国立であるが、それほど有名でなく、それほどレベルの高い学校ではない。つまり、平凡な学園。別に変わらぬ普遍的な高校というわけだ。
ひときわ目立つ正門の下を通り抜け、ふと足を止める。
目の前には、これから三年間通う、まだ新しい校舎がそびえていた。
俺は俯き、舌打ちをしてそのまま教室へ向かった。
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