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大地のご加護がありますように

プロローグ

 酷い頭痛と吐き気が、断続的に続く。
 先ほど飲んだ風邪薬は全然効いていないようで、今度は腹痛まで加わり、俺のイライラは最高潮に達していた。
 実際、普通に風邪をひいたくらいでこんなにイライラすることはない。寝ていれば治ることだし、風邪で死ぬわけがない。
 しかし、俺が風邪ごときでこんなにもイライラするのには理由があった。
 ――カリカリカリ――
 声も聞こえないこの部屋で唯一響くシャーペンの走る音。
 二月十六日――
 本日は開明高校の入試学試験の日。
 開明高校は全国の中でもトップクラスの学力を持ち、毎年日本一難しいと言われている大学やアメリカなど海外の有名な大学に多くの現役合格者を輩出している、日本一の名門高校である。
 そして、俺は今その名門高校の入学試験を受けているというわけだ。
 額に汗がじわりと浮かぶ。
 これは明らかに効き過ぎている暖房が原因ではないことは一目瞭然。
 手元が震え、問題を直視できない。
 俺の脳は高熱でかなりやられていた。体は頑張ってウイルスに対抗しているのだろう。だが、そのせいで熱が発生し、意識はもうろうとしている。
 こんなレベルの問題。
 健康な状態の俺なら屁でもないのだが、熱でやられた脳では問題を解く糸口すらつかめない。
 どんなに考えても答えが出ない。
 難しい。
 いや、きっと熱のせいで文字がグニャグニャと踊っているのが原因だ。
 なんて俺は運がないのだろうか。
 実はと言うと、俺は滑り止めなど用意していなかった。開明高校に絶対合格を掲げてきたからだ。それは、絶対に受かるという自信の裏返しでもある。
 俺は中学では百年に一人の秀才と謳われていた。
 まぁ、それは事実だ。
 実際、成績は三年までテストはオール百点に通知票はオール五だ。
 他に、様々なコンクールなどで入選した。読書感想文とかエッセイとか。
 その時得た絶対的な自信を持ち、この受験に望んでいるのだ。俺は落ちるわけがないという自信を持っている。
 しかし、脳裏にもし受験に落ちたら、という不吉な予感がよぎる。
 頭を左右に振り雑念を払う。イカン、弱気になったらおしまいだ。
 数秒、目をつぶり黙想する。いける、俺はいけるんだ。落ちるわけがない。こんな熱ごとき、俺には何の障害でもないはずだ。
 開明高校の入学式。新しい教室。担任の教師。楽しい部活。体育祭。文化祭。そして可愛く、頭の良い彼女。童貞卒業。そして、大学に現役合格。出世街道まっしぐら――
 ――よし、俺は受かる。
 再び問題に取り組む。
 問題文はまだグニャグニャと踊っていた。
 畜生。シャキッとしやがれ、シャキッと。ヘナヘナなやつは嫌いなんだよ、と問題文に訴えかけるが意味はない。
 ペンを強く握る。
 あ、汗で滑って床に落ちた。畜生。
 監視員の先生を呼び、拾ってもらう。
 再び、問題に目をやる。
 真剣に、そして冷静に問題と向き合えば、きっと答えは出るはずだ。
 小さくその言葉を唱えながら、計算をする。
 なんだ、簡単な計算じゃないか。
 少しばかり落ち着きを取り戻し、朦朧とする意識を奮い立たせ、カリカリと問題を解いていく。
 いつもよりだいぶ遅いペースだが、熱でやられ、だいぶハイテンションになってきた俺にはいつもより早く感じられていた。
 いける、このままいけば合格できる!
 ガンガン問題を解いていく。解答用紙はみるみる答えでうまっていく。
 そして、とうとう最後の問題へとたどり着いた。
 チラリと時計を見ると、あと五分弱。それだけあれば、この問題は解ける。
 複雑な計算式を、いとも簡単に解いていく。
 あっという間に答えが出て、思わず俺はにんまりと笑ってしまった。そして、解答用紙に答えを書き写そうとした。
 しかし、何故か解答用紙に答えを書く欄が見あたらない。
 必死に探してみるが、どう考えても問いの一の欄しか空欄はなかった。
 はて、問いの一の答えは書いたはずだが。
 回答欄の問いの二を見る。
 すると、そこの欄には問いの二ではなく、問いの一の答えが書いてあった。
 すべての回答欄をすぐさまチェックする。
 どう見ても、すべて一つずつずれていた。そう、記入した回答が一つずつずれていたのだ。
 何てこった! このままじゃ正解が一問もなくなるじゃないか!
 慌てて回答欄をすべて消し、書き直そうとする。ヤバイ、このままじゃマジでヤバイ!
 解答用紙は消しゴムを慌ててかけたのでくしゃくしゃになってしまった。
 それを、震える手で丁寧にのばし、問い一の答えを回答欄に書こうとしたその時だった。
 ――キーンコーンカーンコーン――
 試験終了の合図である、チャイムが鳴った。一斉にペンの走る音が止まり、解答用紙を試験官が集める。
 ――終わった。
 くしゃくしゃで、回答が一つも書かれていない答案用紙は、試験官の手によってその束に重ねられた。
 窓の外を見ると、都会では珍しい雪がまるで俺をあざけり笑うかのようにぱらついていた。
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