彼と彼女の1500という数字
第8話 なんなのよ!
なんなのよ、なんなのよ、なんなのよぉ!!
ホントにむかつく、何でコイツを振り切れないの!
さっき目をつけた男が、私の後ろをピッタリとついてくる。いや、ほとんど並んで走っている。
かなり息が上がってきた。苦しい。コレはヤバイ。コイツ、何でついてくるのよぉ! もう、いや!
私は一五〇〇のRUNNERなのよ、こんな馬の骨とは違うはずなのに。しかも、コイツ、フォームが無茶苦茶。なのに、ピッタリとついてくる。ムキーッ!
そろそろ、十周目。つまり、三〇〇〇メートルは走った計算になる。私は息が上がっていたが、彼はもっと上がっていた。顔を見ると、悲痛って言うか、ものすごい顔をしている。うわ、こわ!
それにしても、本当にコイツがなんなのか気になる。陸上部ではない。陸上部男子で、私と三〇〇〇メートルも張り合う程の力を持った者はいない。ここの陸上部男子は弱いのだ。特に長距離。昨年、男子で八〇〇メートル以上の種目でインターハイに出た者はいない。まぁ、一〇〇とか二〇〇はちらほらいたらしいけど。
大きく足をスライドし、コーナーを曲がる。私は内。彼は外。実際、彼が内だった場合、私の方が離されていたと思う。彼の気迫を背中に感じるから。それだけ、彼は真剣なのだろう。練習で、これだけ意地張るのもどうかと思うけど。あ、私も同じだった。
彼の荒い息がすぐ横から聞こえる。彼はできるだけ私に離されないようにかなり内によって走る。今にも体が当たりそうな感じである。
私は肘で彼を突いた。負けたくなかった。男にも、女にも負けたくなかった。私は練習でも、試合でも負けない。勝ったときの快感を求めてこの高校に入ったのだから。
彼はいくら肘で突いても何も仕返してこなかった。いっそ、足をスパイクしてやろうかな、と思ったが、あいにく今日は普通のランニングシューズだった。ホント残念。コイツが足を抱えながらのたうち回る姿でも見れるかと思ったのに。
直線に入る。少し彼がリード。このままでは負けてしまう気がした。でも、直線なら話は別だ。この直線で私は一気にスパートをかける。私は元々幅跳びの選手だ。つまり、助走が重要な種目。なので、短い距離を走るのは得意だった。一〇〇メートルなら十三秒くらいで走れる。コレはきっと女子の中ではトップレベルだろう。
私は一気に加速する。手を小さく振り、足は大きく開き、そして地面を蹴る。小さな砂利が舞い上がり、ふくらはぎ辺りに当たる感覚がする。砂利が私のふくらはぎを刺激する。筋肉が激しく伸縮する。右足、左足を高速で交互に出していく。
気持ちいい。そして、楽しい。久々の快感。その快感は大会でも何でもなく、ただ、この男と張り合うことから生まれたもの。大会以外でこの快感を得るのは初めてだ。コイツ、ホント何者なの?
気がつけば、私にピッタリとくっついていた男が消えていた。私はコーナーに入る手前で少し、スピードを落とし、辺りを見渡す。
いた。
プールの入り口で、ヒィヒィ言いながらくたばっている。その様子は、なんだか水槽の中の金魚のようで滑稽だった。
どーだ、恐れ入ったか。
私は軽く、トラックを一周し、彼に歩み寄った。
「あんた、何なのよ」
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