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彼と彼女の1500という数字

第12話 大橋の企み

 大橋が上機嫌で、職員室から出てきた。彼の手には一枚の紙があった。大橋は鼻歌まで歌っている。
 大橋が上機嫌なのは、もちろん理由があった。彼は陸上部との合同合宿を目論んでいた。そして、それが見事現実となったのである。もちろん、そのきっかけはこの前の事件である。陸上部のあの二人をかなり気に入ったのだ。そして、きっと他にもいい女が多くいるはずと思ったのだ。下心が全面に出ている。全く、どうしようもない男である。
 感動のあまりか、少し涙を流している。廊下を歩く大橋を、ヒソヒソと見て話す者もいる。明らかに不審な人物と化していた。
 大橋がどう教師に説明し、この合宿を見事実現させたかというと、水泳部はまだ陸上トレーニングなので、陸上部との合同合宿で、陸上トレーニングの基礎をしっかり身につけていき、それでいて部同士の相互関係の強化云々と述べたからだ。本当に、こういう事になると頭の良いやつである。大橋はまさに野望をかなえるためには何でもするってタイプだ。
 スキップをしながら廊下を進む大橋。その後ろから、げっそりとした顔で陸上部の部長が出てきた。おそらく、先ほど大橋からの執拗な頼み込みに疲れたのだろう。大橋の熱血ぶりは本当にものすごいモノだ。陸上部の部長がげっそりするのも分かる。
 大橋はなんと事前に合宿の予定を表にまとめていた。その予定表が結局、決定打となり、合宿が計画される運びとなった。あまりにも緻密な計画だったので、教師も舌を巻いたそうだ。
 宿、場所等の手配はすでに済んだ。場所は、近くに森があり、結構人里から離れた場所である。ここも、大橋の下心が存分に表れていた。大橋は悪趣味である。


 水泳部全員、部室(と言ってもプールの更衣室だが)に集まっていた。あれだけ狭い更衣室に十人以上もの人が集まっているのは辛いだろう。前には大橋が立っている。一人であれだけの場所を占めているのがかなり自己中心的だ。部長の権力を存分にふるっているのが分かる。ワイワイと騒いでいたが、大橋が一つ咳払いすると辺りは静まりかえった。
「いいか。よーく聞け。ゴールデンウィークの間にプールに水を入れる。今年は例年と比べ寒いので水を入れるのが遅れた。なので、陸トレが重要性を増しているのである! つまり、陸トレの基礎を学ばなければならない。そこで、我が水泳部は、陸上部との合同合宿を行うことにする!」
 我が水泳部と自らの物にしている点が気には掛かったが、他の部員達からはささやかな拍手があった。その拍手ですっかり大橋は機嫌を良くし、みんな頑張ろー! とかなり気合いを入れている。
 その中、一人複雑な想いを抱える男がいた。そう、西田だ。この前の事件があり、できるだけ陸上部との接触を避けていたのだ。なのに、部長はその陸上部との合同合宿するなんてぬかしやがった、と西田は激高していた。……いや、そんなめちゃくちゃ怒っていたわけではないが。
 しかし、西田は開き直った。陸上部の部員はすさまじく多い。きっと、くだんの連中と一緒に練習なんかすることはないであろう。西田はホッと胸をなで下ろす。
 すると、話し合いが終わったのか大橋が西田に向かってやってきた。本当にのんきな男である。
「よぉ、西田ぁ。やったな。陸上部との合同合宿だぜぇ。取り付けた俺を崇めろ!」
 とりあえず、西田は無視していた。大橋は構わず話を続ける。
「陸上部はいい女が多かったからなぁ。この前の長谷川なんてかなり良かったぜ。あ、中島も良かったなぁ。あれからよく陸上部、観察してたんだぜ。そしたら、女子部員の比率が男子より多いの。ハッハッハー」
 もはや変態でしかない大橋。しかし、西田はその話に出てきた中島という名に敏感に反応した。そーいや、あの娘、可愛かったなぁ、と。そして、中島のスタイルを思い出し、少し妄想ワールドに入っていた。
 西田がポーッとしているのを見て、大橋は何妄想してんだよ! っと背中を思いっ切りたたいた。あまりの強さに、西田はむせてしまった。それにしても、ホント邪な考えしかない連中である。


 陸上部が全員部室に集まっていた。
 さすが総勢六十五人、部室は広く、パイプ椅子がキレイに並べられていた。
 部長がヨロヨロと壇上に上がる。先ほどの疲れが残っているのだろうか。体力のないやつだ。そして、みんなの視線を一身に浴びながら、話し始めた。
「えー、ゴールデンウィークにですね、水泳部と合同合宿をするんですよ。えー、何故水泳部かというとね、まぁ、水泳部がウチの練習を見習いたいと言っているのと、効率の向上なんですね。ていうかもう決定事項なんで、詳しいことは配ったプリントに目を通してください。では」
 部室は少しざわつく。そりゃそうだろう。何故、水泳部などと合宿をしなければならないのか。
 しかし、彼らの頭にある水泳部は、邪な連中ではなく、インターハイ出まくりの水泳部だったので、彼らは一応納得した。
 その中で、苛立ちを覚える人がいた。長谷川である。
 水泳部といえば西田がいる。そう思っただけで腹が立つのだ。この前のことで、長谷川のプライドはズタズタにされていた。そのことをかなり恨んでいるのだ。
 自分の一五〇〇はアイツの汚された、ボロボロにされた、とかなりの心の傷を感じてもいる。
 アイツの顔だけは見たくないと、あれからずっと避けていたのに、と思わずプリントを握りつぶす。
 まぁ、西田とは一緒に練習することもないし、人数も多いんだから会わないだろうと、自分を何とか納得させた。
 それとは対照的に、中島はワクワクしていた。
 もしかしたら、この前会った西田君と再び会えるかもしれない、とささやかな期待を持っていたのだ。中島は、この前西田を見て、すっかり気に入ってしまったのだ。俗に呼ばれる一目惚れなのだが、お嬢様の中島にはその感覚が分からず、とりあえず気に入ったと思いこんでいる。
 中島にとって、こんな感覚になるのは初めてのことだった。今まで、男など身の回りにはいなかった。父親も仕事で顔を合わすことはほとんど無く、お手伝いはすべて女性だった。
 高校で、初めて共学に入ったのだが、男は避けていたのが実情だ。
 なのに、こんな感覚になるのは何故だろうか、と中島は考え込む。
 何でだろう、何でだろう、何でだろう……。
 とりあえず、合宿に入ったら何か分かるかもしれないと、中島はうんうんと一人頷いた。
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