香奈と周一は観覧車の乗り場へと向かっていた。
夕日がまぶしく二人を照らす。陰は長く長くのびている。
辺りはまだ人も多かったが、観覧車周辺はなぜか人が少なかった。
係員に案内され、ゴンドラの中に乗り込む二人。二人は向き合って座った。
扉が閉められ、鍵がかかる。これから約20分間、二人はこの中に一緒にいるのである。
終始、二人は無言で向かい合っていた。少しばかり香奈は俯いている。
少しずつ、ゴンドラが上がっていく。
香奈は上目遣いで周一を見た。周一の顔は夕日があたり、さらにかっこよく見えた。
すると、周一が不意に口を開いた。
「ねぇ、何で今日は僕を誘ってくれたの?」
至極当然の疑問。そして、今まで口に出さなかった疑問。香奈は黙ったまま下を向いている。
「僕といても面白くないでしょう?ずっと無表情だし、あんまり喋らないし…。大山さんが必死に構ってくれたって全然反応見せないしね」
黙る香奈をよそに、周一は話を続ける。
「僕はね。感情は表に出せないんだ。誰も信用できない。頼れない。所詮自分しかより所がないんだよ。一人が一番。そう、一人でいることが一番いい。そりゃあ、寂しいけどね。でも、誰も信用できないから仕方ないんだよ」
周一が述べる言葉に、香奈の手は震える。周一は窓の外をぼんやりと眺める。
「この風景だってね、素直に綺麗だなって思えないんだ。僕って捻くれてるだろ?こういうとき、どういう表情をすればいいのか全く分からない。だから周りにうち解けることも、信用することもできないんだけどね」
香奈は思う。じゃあ、なぜそうしようとしないのか。周一はすべて分かっているのに何で何もしないのか。
彼についての噂を思い出した。
―彼は現実主義者なんだよ―
周一はしっかりと自分の状況を把握していた。冷静に理解していたんだ。そして、諦めた。もう無理なんだと自分で見切りをつけてしまったんだ。
そう理解すると、香奈の心は震えた。それは周一への同情ではなく、明らかに怒りの震えだった。
「ゴメンね、大山さん。楽しくなかったでしょう?もう誘ってくれなくて良いよ。僕より一緒に行って楽しい人が必ずいるんだから、ね」
「……違うよ」
「え?」
「私はね、赤坂と回れてすっごく楽しかった。とっても楽しかったんだよ?」
香奈は周一を見る。周一は少し驚き、そして香奈を見る。
「赤坂はさ、深く考えすぎなんだよ。すべてに関してね。そして冷めすぎなんだ。もう無理だって決めちゃったら何もしないでしょ?私だったら、きっと諦めない。できるところまで頑張る。そうじゃないと惨めじゃない?頑張ってる人に失礼じゃない?」
「………じゃあ、さ。僕はどうすればいいのかな?」
周一のつぶやきに、香奈は少しばかり考え、そして
「……それはね」
香奈の顔が周一に迫る。そして、香奈は周一を肩を持ち、首を傾けた。
「え?」
夕日に二人の陰が重なる。その時間は、一瞬だったかもしれないし、長い長い時間だったのかもしれない。
観覧車はただただゆっくりと動いていた。夕日で真っ赤に染まるゴンドラの中。
そして、香奈が周一から離れる。香奈は頬に少しばかり朱が混じる笑顔で言った。
「笑えば良いんだよ。心の底から。笑顔になるんだよ」
周一はキョトンとした表情をしていたが、少しばかり考え、そして―
―満面の笑みを浮かべた。
太陽がさんさんと道を照らす。
まだ初夏だというのにこれだけ暑いとなると、夏本番の暑さを思うだけでも気分がげんなりとする。
いつものように坂を歩く。ゆっくりと一歩一歩確認しながら。
決して速くは歩いてはいけない。
そう、彼が来るまではね。
「大山さーん!おはようございます!」
香奈が振り返ると、そこには大きく手を振りながら周一が、笑顔で走ってきていた。
「赤坂、おはよ」
香奈は立ち止まって周一を待つ。そして周一が追いつくと、歩き出した。
「良い天気ですねぇ」
「そうねぇ」
目を細めて空を見上げる。
真っ青な空にはポツンと雲が浮いている。
太陽は高く高く上がり、真上から二人を照らす。
香奈は、そんな空を見て一つ決心をする。自分の頬を二、三度たたき、気合いを入れる。
香奈は周一の前に立って、腰に手を当てて周一を見る。
「ねぇ!赤坂」
「ん?」
「私ね、きっと赤坂のこと好きなんだ!」
一瞬、なんのことだか分からなかった周一だったが、その言葉を理解すると、目を細め、小さく微笑み、こう言った。
「きっと、僕もですよ」
春から、夏の空へと変わりつつある季節。
少しばかり心地の良い風が優しく吹き抜ける。
少女と少年は、手をつなぎながら坂を歩いていった―