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Every Day!!

満月の夜に――2

 ビックリするほど、益垣は平凡だった。
 私から見ても、弱くなく強くないというようなやつは、あいつが初めてだったと思う。
 とりあえず、そんな益垣を見て、私はワクワクしていた。
 部活紹介の時に感じた、あの予感。その予感が当たったことに、私は何か運命みたいなものを感じていたのだった。
 まぁ、とりあえず益垣を鍛え上げることしか頭の中にはなかったが。

「うぉらぁ!」
「うぎゃーっ!」
 あまりにもベターな叫び声と共に、益垣は床にたたきつけられた。痛そうである。嫌なうめき声を上げながらもぞもぞしている。
「どうしたぁ、益垣。ほら、次行くぞ、次」
「せ、先輩。ぼ、僕もう無理です」
「そんなの知らん。やると言ったらやる。だから立て」
「そ、そんなぁー」
 思わず頬がゆるむのを感じた。私は楽しんでいた。そんな感覚は、実に久しぶりだった。
 今まで、護身用でしか教えられず、そして護身用でしか使わなかった武道。
 高校に入り、もっと極めてみたいとは思ったが、楽しいとは思ったことはあまりなかった。いや、皆無だ。
 だけど、こうして益垣と組み手を組んだり、練習したりするとすごく楽しい。
 誰かに自分が身につけたことを教えるのは楽しいという。教師が生徒に授業するのと同じ心理だ。でも、どこか私は違う感覚を感じていた。
 とりあえず、なんだか自分でも分からない感情を感じながら、私は益垣を捕っては投げ、捕っては投げ……。
「ぎゃーっ!」
「ほいさっ、25回目!」
 どすんと、またもや益垣は投げられる。一見、25回も投げられれば弱いと思うだろうが、これでも益垣は10回は私の投げを避けている。
「足腰がまだまだだな」
「てか、先輩。これって全然空手じゃないじゃないですかぁ!」
「私はお前に総合的な格闘技を伝授したい。そうしないと空手の本質は見えてこない」
「そ、そんなぁ」
「つべこべ言わない! ほら、さっさと立て」
 そうしてまた、益垣は宙を舞う。何度も何度も。もう、見てらんない!、と叫びたくなるくらい。


 いつの間にか道場の小窓から差し込む明かりは真っ赤に染まっていた。かれこれ3時間、みっちりとトレーニングしたことになる。
 益垣は道場の真ん中で大の字になってぶっ倒れていた。胴衣は汗でぐっしょり。そして身体はアザでびっしり。顔がそれほどでもないのは不幸中の幸いか。いや、それでもやっぱり不幸にかわりはない。
 とりあえず、私はスポーツドリンクを口に含んだ。薄めてあるので少々味気ないスポーツドリンクが、渇いた喉を潤す。
「益垣も飲むか?」
「い、頂きます……」
 プルプルと震える手にドリンクを手渡す。益垣はそれをちびちびと飲む。どうやら、口の中が痛むらしい。時折顔を苦痛でゆがめるが、何とかドリンクを飲みきった。
「無理して飲まなくてもいいのに」
「でものど、乾いてましたから」
 ニヘラと笑う益垣。そうか、と短く呟いて私は大の字に寝転がった。
 外からは、カラスの鳴き声とグラウンドに残る生徒の声しか聞こえない。下校時刻も結構迫ってきている。
 久美は何か用事があると言って帰り、今は2人だけ。2人っきりである。本来なら何か一イベントありそうな雰囲気だ。
 でも、私に言わせれば2人っきりがどうした、となる。軟弱な野郎どもなど気にもかけない。それが私のポリシーだ。
 と、そこでふと気がつく。
 ならなんで、私は益垣を気にかけているんだ?
 益垣は平凡な男だ。
 つまり、私から見て軟弱な男――その価値観は自分より強いか弱いかで決定する――であり、気にかける理由など存在しない。でも、こうしてみっちりと稽古をつけたり、ドリンクを渡したりなど結構気にかけている。
 何でだろうか。
 私は首をかしげる。が、何度考えても答えは出てこない。
 とりあえず、思考をシャットダウンする。考えるのはあまり得意じゃない。それより、体を動かしている方がいい。きっと。たぶん。
「さて、じゃあ僕は失礼しますね」
 そう言って、隣で寝ていた益垣が起きあがった。ドリンクの入っていたペットボトルはいつの間にか空になっていた。
「ああ、お疲れ様」
「はい、お疲れ様です、先輩」
 アザの残る顔で笑顔を作り、益垣は更衣室に消えていった。
 胸の中にあるもやもや。今まで感じたことのない感情だった。
 とりあえず、もうちょっと体を動かしてみよう。道場の裏から瓦を何枚か持ってきて、私は瓦割りを始めた。
 気がつけば、下校時刻をとっくに回っていた。


 生徒指導の教師にお小言を言われ、出てきた頃には外は真っ暗だった。この学園は山に囲まれているので、夜になるとかなり暗い。真っ暗だ。
 まぁ、外灯がいくつか立っているので帰ることには支障はないが、少しばかり不安だ。
 いや、別に襲われたりするかもしれないことが不安なのではない。暗いことが不安なのである。
 なんというか、暗いところは苦手だ。このまま、闇に自分が飲まれてしまうのではないかという錯覚にとらわれてしまう。
 校門を出たところで、人影が見えた、外灯の下に立っている。
 近づくと、それが誰なのかハッキリと分かった。益垣だ。あまりにもありきたりな展開に思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「あ、先輩」
 そう言って、益垣はてててと私のもとへ駆け寄ってくる。
「待っていたのか?」
「あ、はい。そうです」
 はにかんだような笑みを浮かべる益垣。失礼しますとか言いながら待ってるだなんて、よく分からない男だ。
 とりあえず、私は益垣と帰ることにした。私の住んでいる寮の前で別れ、すぐにシャワーを浴びて、胸のもやもやをごまかすようにすぐ寝た。
 あとで知ることになるが、益垣の自宅は私の寮と全く反対方面にあることを知る。本当にあとの話であるが。
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