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Every Day!!

満月の夜に―― 1

 いつもの組み手が終わり、俺はどかっと板張りの床に大の字に寝ころんだ。
 呼吸は荒く、汗で道衣は汗でぐっしょりだ。
 そんな俺の隣で、平気そうな顔してスポーツ飲料をがぶ飲みしているのは俺の先輩の木村玲先輩だ。
 俺はこうして、だいたい週に3回くらいのペースで彼女の組み手に付き合っている。
 まぁ、その原因は彼女に武道の腕を認められてしまったからなのだが、俺もトレーニングになるので嫌ってわけでもない。でも、玲先輩はめちゃくちゃ強いからものすごくきついけど。
 やっと息が落ち着いてきて、俺は上半身を起こした。組み手の時にみぞおちに蹴りをくらったので、少し腹が痛む。
「ほら、飲め」
「どうも」
 玲先輩は俺の方にスポーツ飲料を投げてくる。俺はそれを受け取ってぐいっと飲んだ。
 実は間接キスなのだが、俺と玲先輩の仲ではそんなの気にしない。てか男と女って関係じゃないし。こんなの。
 しばらく沈黙する。
 組み手後はいつもこうだ。二人の少し乱れた息づかい。外から聞こえる風と葉が揺れる音。それらが道場の静かな空間にじんわりと響く。
 俺はこの沈黙が結構好きだったりする。
 何て言うか、安心するのだ。
 いつもは周りが騒がしいだけに、こうした静かな時間は貴重で新鮮なのだ。
 ああ、癒しの時間。
 まぁ、それまではかなりきついんだけどね。
「今日は、満月か……」
 不意に玲先輩が口を開く。
「そうっすね」
「大地がここに来てだいたい3週間か」
「もうそんなになるんですかね」
「ああ」
 そう言えば、それだけ時間がたった気がする。
 3週間。
 まぁ、毎日が濃すぎてどれだけ時間がたったなんて忘れてしまっていた。
 だいたい、あれだけ毎日騒がしかったら時間なんて気にしてられない。毎日が波乱だ。
「アイツが消えた日も、今日みたいな満月の日だったな……」
「へ?」
 俺は玲先輩を見た。彼女の顔には憂いの表情が浮かんでいた。
 黙ったまま、再び前を向く。小さな窓からは月明かりが入ってきている。
 玲先輩は黙ったままだ。少し、いつもと様子が違う。
「玲先輩」
「ん?」
「話してくださいよ。アイツのこと」
 玲先輩は、少しばかり考え込んだ。そして、決心したように顔を上げた。
「そうだな。少し、前の話をしようか」
 葉の揺れる音が聞こえてくる。さわさわさわ、と風と一緒に葉が踊る。
「そのときは、確か私が高校2年の頃だ。1年前。アイツと会ったのは部活紹介の後だったな――」


「強さを求める者。精神を鍛えたい者。名を挙げたい者。その他諸々を希望する諸君は必ず我が空手部に入部するように。私が手取り足取り教えてあげよう。ちなみに、我がから手部にはインターハイなどで優勝経験を持つ部員が3名ほどいる。ちなみに私はその1人だ。新入部員には私の愛のこもった組み手をもれなくプレゼントだ。過去、3名ほどが病院に送られたがなぁに、手を抜いたりしなければ死んにはせん。だから、空手部にはいるように。分かったな!」
 そう言って、私は壇上から降りた。
 我ながらなかなかの名演説だ。1年生諸君はどうやらあまりのすばらしさに声も出ないらしい(正しくはびびって声も出ないだけであり、この事実を知らないのは演説をした張本人のみである)。
 ふと、一人の男子学生と目があった。
 それほど大柄ではない。むしろ小柄の部類。大きな目がくりくりとしていて、少しばかり気が弱そうだ。体の方も少し貧弱そうで、男子の中でもひ弱な部類に入りそうな男だった。
 でも、私はその男から目が離せなかった。
 何か。そう、何かを感じたのだ。
 きっと、何かで話す機会がある。
 そんな確信めいた予感が私の中でわき起こった。


 先ほど、あんないい演説をしたというのに、その日の放課後には誰一人として1年生は来なかった。
「あー、玲ぁ、あの演説はまずいっしょ〜」
「ふむ、どこではずしたかな。私なりには名演説だったのだが……」
「えぇ! あれでぇー。病院送りにされちゃうとかおもっちゃうよぉ、あの演説じゃぁ」
 そう言いながら、隣でストレッチしているのは私の親友の久美だ。唯一、私と互角に渡り合える人間でもある。
 しかしながら、本当に誰も来ない。ただでさえ部員がそれほど多くないというのに、これでは間もなく廃部、とかなってしまうではないか。
 少しばかりいらだちが募るが、こればかりはどうしようもない。
 仕方ないので道場の外に積んである瓦でも割ることにした。ストレス発散だ。
 まぁ、だいたい15枚程度で良いか、とか考えながら道場の引き戸を開ける。すると、目の前に一人の男子生徒が立っていた。
 先ほどの、男子生徒だった。
 私と目が合うやいなや、そいつはがばっと頭を下げたのだ。
「ぼ、僕を空手部に入部させてください」
 唖然。
 挨拶抜きで、そこから入るか。とか内心ツッコミながら、私はごほんと咳払いをする。
「お前、入部希望者か?」
「は、はい」
 緊張で声が上ずっている。そいつは汗でだらだらだった。
「で、名前は?」
「ま、益垣愁です」
「そうか。分かった。私は木村玲だ。とりあえずよろしくな」
 そう言って、私は手を差し出した。ほっとした表情で、益垣も私の手を取ろうとする。
 刹那――
 益垣の体は、宙に浮いた。
 完璧に決まった。一本背負い。
 ずどん、と背中から落ち、益垣は苦痛のうめきを漏らす。
「っつ、な、何するんですか!」
 と、益垣は抗議の声を上げるが、私はそれを手で制した。そして、「説明の時の話」と一言。益垣の顔は、怒りで真っ赤だったのから一気に青くなる。きっと、先ほどの話をちゃんと聞いていなかったのだろう。
 そんな益垣に、私は手をさしのべた。
「ようこそ、空手部へ」
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