Every Day!!
3-16
「佐織が刺されたのを見て、頭がまっ白になった。佐織を守るために闘ってたはずなのに、目の前で佐織が刺され、倒れてく。自分の無力さと、刺した相手への怒りのあまり、俺はさらに拳をふるい、その後、血塗れの佐織を抱きかかえて警察に保護されたらしい」
「覚えてないのか?」
「気がついたら、俺の病院のベッドにいた。全身で二十五針を縫うほどの裂傷。そしてあばらが二本。両拳は殴りすぎてボロボロで、指一本動かせなかった。彼女を守るために暴走してこのザマだ。……それに、俺は彼女を守りきれなかった。彼女の体にこれから一生残るかもしれない傷をつけてしまった。どうすればいいか、俺には分からなかったんだ」
「だから、逃げたのか?」
「違う! 拒絶されたんだ、彼女に。そりゃそうさ。こんな危ない男を、あんな危険な目にあって受けいれるような人はいない。いるわけ、ない」
「では聞くが、彼女自身が君を拒絶したのか。そして何故、今彼女は君の前に現れたんだ?」
「そ、それは……」
「自分自身に問うてみなさい。あのとき、本当に彼女は君を拒絶したのか。何故、今になって君の前の現れたのかを。……さて、いささかヒントを与えすぎたか。後は自分で乗りこえるしかないだろう。何のために、君はあの学園に来たのか。そして何故あの寮に入れられたのか。現実から逃げるばかりでは、絶対に前へは進めない。それだけは肝に銘じておくように」
瞬間、明かりがついた。あまりの明るさに、目を細める。
「余興は終わり。次は君の番。あんまり周りの人を哀しませるんじゃないよ」
そう言って、園長は『避難路』と書かれた通路に姿を消した。俺は暫く、座ったまま動けなかった。けど、心の中は少し軽くなっていた。
あの事件以来、決して口にすることはなかった。それを今日、ほぼ二年ぶりに口にした。変わらなくちゃいけない。いつまでも逃げられはしない。こうも強く想ったことは今まであっただろうか。
佐織が転校してきたとき、俺は心の中で少しばかり脅えていた。またあの苦しみと対峙しなければならないのか、と。また逃げなければいけないのかと。
けど、今は違う。あの事件と向きあうきっかけに、彼女はなってくれた。いつまでも逃げ続ける俺に、彼女は手を差しのべてくれるのだろう。あのとき、俺を守ってくれたように。
また守られたくない。今度は俺の番だ。自分の足で、自分自身で前に進むんだ。
強い決心を胸に、園長の後に続いて外に出た。
「大地くん!」
出口には、俺より早く花梨と佐織がいた。俺の姿を見るや否や、花梨が駆けよってくる。
「ホントに心配したんだよ!」
「いや、ごめんごめん」
ぷくっ、と頬を膨らませる花梨に謝罪の言葉を述べ、俺は佐織の方に向きなおった。
彼女も何かを察したらしい。花梨の姿を見て頬笑みを浮かべていた顔がきゅっと引き締まる。瞬間、花梨の表情も引き締まった。
ああ、話したのか。
なんて、根拠もないのに確信を持った。やっぱり、佐織は佐織だった。俺には分かる。彼女があんな顔を人に向けるとき、その人は信頼に足る人物であると言うこと。どうやら花梨は彼女のお眼鏡に適ったらしい。
けりをつけよう。俺は佐織の名前を、
「うぉー! 出口だーっ!」
なんていう雄叫びで、俺の思考は中断した。振り返るとその先には、和彦たちが出口から出て来たところだった。
「何ていうアトラクションだったんだ。ホント、死ぬかと思ったぜ!」
「それはアンタがバカなことしたからでしょ」
「あー、お兄ちゃんだ! やっほー」
「だだ、大にぃ! 聞いてくれよ、コイツらホントひどいんだぜ!」
どたばたとこっちに向かってくるみんな。俺と佐織は緊張していた表情を和らげ、思わず苦笑した。
どうやら今日、けりをつけることはできないみたいだ。けど、俺は別にいいと思う。
きっかけは掴んだ。俺はもういつでも、前に進めると思う。だけど、その前に決着をつけよう。過去は清算しないといけない。
逃げ続けた過去は消えない。けれど、その過去に留まり続ける必要はない。
過去があるからこそ今がある。そして、未来が存在する。やっと、停滞し続けていた俺の時間が動きだすチャンスを手にした。
これを生かすも殺すも俺次第。色んな人に助けられて、色んな人に迷惑かけて。でも、その分大きなものを俺は手に入れたと思う。
俺は爺のことを思い出した。
『大地。昔のことを忘れろと言われて、忘れることができないのは分かっている。だがな、いつまでも引きずってちゃ駄目だ。前を向いて歩いて行かなきゃいけない。現実だ。現実を直視するんだ、大地』
この言葉を言われたとき、俺はまだあの事件を引きずっていた。そして今もまだ引きずっている。この先も引きずったままだろう。
なら、それを抱えたまま前に進んでやる。ほら、爺、現実見てるだろ? これが、俺の中で最善の方法なんだ。
日は傾いていた。赤々と燃える太陽がまぶしい。
「よし、じゃあ帰るか」
そう言って、歩きだした。佐織の顔を見て、それから花梨の顔を見た。
そして一行は、ヘボラパークを後にする。
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