17歳のOLと、33歳な高校生と

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  2-4  

「おはよーございます!」
 威勢のいい声が部内に響く。萩村将人三十三歳。そんな元気な声に呼応してか、デスクに座る他の社員たちもいつもより大きめの声で挨拶を返す。
「おお、萩村。今日も元気そうだな」
「部長、おはようございます」
 浅黒くやけた顔をしわくちゃにして笑うやたらガッシリとした体格の中年男が、にこやかに将人に近寄った。
 広沢勝司(さわむらかつし)は本社でも有名なやり手部長だ。経理部の部長に歴代最年少で昇格し、次期専務候補の最右翼である。将人が入社したての頃、彼の面倒を見て、今回部下の不祥事で空いたポストである経理部副部長に将人を推薦したのも彼であった。
「どうだ、部内の雰囲気には慣れたか?」
「まぁ、どうなんでしょうね。けど、やりにくいとか、そういうのはありませんよ。とりあえず、今は部内のみなさんの名前を覚えないと」
「ははは、真面目だなぁ、萩村は。まぁ、そこが気に入って呼びもどしたわけだけどな」
 ぐるりと部内を見まわし、勝司は将人をぐっと引き寄せた。
「あの不祥事以来、うちの部は風当たりがキツい。その上、言っちゃ何だが、お前みたいな若僧が副部長のポストに納まったことにも部内より外での反発がある。まぁ、俺が最年少部長だったからうちの部署じゃ理解はあるが、営業本部の連中はあんまりよく思っていない」
 勝司の言わんとしていることは、将人も十分承知のことだった。なんせ自分はまだ三十三だ。足を使ってがんがん外で走らされる年齢なのに、それが管理職などに納まってしまったら反発は嫌でも起きるだろう。特に、経理部は社内のお金を扱うデリケートな部署だ。なのに、その部署のナンバーワンとナンバーツーが揃いもそろって若僧だったら、他の部署はいい顔はしないだろう。
「プロジェクト本部なんてこれからあたってくるぞ。きついからな、覚悟はしておけ。まぁ、うちには社長のバックアップがある。お前の推薦は別に俺だけじゃないからな」
「え?」
「ま、とりあえず頑張れ。期待してるぞ」
 意味深な言葉を残して、勝司は書類を持って去っていった。ホワイトボードを見ると、朝イチから会議が入ってる。
「何だったんだろ」
 首を傾げながら、とりあえず席に着く。ともかく、自分は期待されているんだ。それに見合う働きをしないと。
 将人は何度か頬を叩き、今日のスケジュールを確認した。
「あーっ!」
 部長が向かった朝イチからの会議。それは副部長である将人も要出席の会議であったのだった。



「ゆーずっ」
「きゅっ」
 後ろから抱き竦められ、思わず崎村ゆずは小さな悲鳴を上げた。後ろを振り返ると、そこにはにまーっとどこかしら嫌らしい笑みを浮かべた長身の女性が立っている。
「もう、紗江子さんったら」
「いやぁ、ゴメンゴメン。ゆずがあんまりかわいいもんだから、つい、ね?」
 そう言って紗江子はからから笑った。まっ黒で背中まで伸びる髪が窓からの光できらめく。ゆずは思わずため息をついた。この人は何て綺麗なんだろう。白く透きとおるような、なめらかな肌。髪と同じようにまっ黒で、見つめあっていたら引きずりこまれるような錯覚に陥る深い瞳。スラッとした足と紺のスーツパンツの組合せが海外のトップモデルを彷彿させ、そんなスレンダーな足とは対照的に白いブラウスを盛りあげて強く自己主張する物体が二つ。心底羨ましい。
 入社してから二年。中・高・大とオール女子校を出て、右も左も分からないようなゆずを助けてくれたのはこんなゆずにはまぶしすぎて見ることができないような女性だった。
「何ボーっとしてるのよ。シャキッとしなさい、シャキッと」
 ばんばんと背中を叩かれ、思わずむせそうになる。こう、少々体育会系なノリがあるところが唯一の欠点だろうか。なんてゆずは考える。
「そう言えば、あんたもやるわねぇ、見たわよ。今朝のアレ」
「え?」
 にまーっと笑う紗江子に、ゆずは首を傾げる。
 今朝のアレ?
 思いあたる節はない。今朝はいつもの通り七時五十分の快速電車に乗って、始業二十分前に会社に着いた。別に普段とは違う何かがあったわけではない。
「なーにとぼけちゃって。副部長と仲良く出勤してたじゃない」
「あっ」
 そう言えばたまたま電車の中で将人と一緒になったことを思い出した。将人と面と向かって話すのは初めてだった上に、男性と話すのがゆずは苦手だ。会話の内容は緊張していてあまり覚えていないし、結構失礼な対応を取ってしまったのではないかと思っているのだが、将人はそれでも優しく話してくれた。途中、将人が突然慌てて会社に行ってしまったのは少し残念だった。もう少し、話していたかったのだと思う。何だか、今まで話しかけてくれた男生徒は違う雰囲気を感じたのだ。
「異動してきた若き副部長を早速落としにかかるとは。ぽーっとしててもやるわね、ゆず」
「そそそそ、そんなんじゃないよっ」
 からかいだと一目で分かる紗江子の態度だが、この様なからかいに慣れていないゆずは大慌てだった。実は朝のからかいは今回が始めてではない。からかわれて慌てふためくゆずの反応を見るのが紗江子の日課だったりするのだ。
「ま、今日はこの辺にしておきましょうかね。このネタは明日以降も使えそうだし」
「もうっ、紗江子さんったら!」
 新しい副部長ねぇ、紗江子は横目でチラリと、慌てて会議室に駆けこむ将人の姿を眺めるのであった。





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