17歳のOLと、33歳な高校生と

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  2-2  

 最寄り駅から二駅。そこで降りて、十五分ほど歩いた先に、私の通う公立大和田高等学校がある。
 間もなく冬休みのこの季節。十五分かけて歩くのは少し辛い。
 白い息を、冷えた指先に吹きかけて、ゆっくりと学校へ向かう。
 時間はまだ結構余裕がある。私の周りにも、ちらほらと同じように寒さに震えながら学校へ向かう生徒の姿が見える。
「しーずか」
 と、呼ばれ、突然後ろから抱き締められた。
「ちょっと、優子。朝からやめてよ」
 私は溜め息まじりに、抱き締められた手から逃れる。後ろを振り向くと、にまーっと笑った女の子が一人。
「いやぁ、今日も寒いなぁって思うてたところに静が歩いてるんやもん。これはもう、抱き締めないかんとちゃいます?」
 そう言って、跳びかかる優子を、私はさっと避けた。目標物が急に消えた優子は、そのまま地面と盛大にキスをした。
 地面で痙攣するこの変態、泉田優子(いずみだ ゆうこ)は私の数少ない仲の良い友人である。大阪育ちの生粋の関西人で、持ち前の明るさに超ポジティブな考えでとりあえず突っ走る元気っ娘。
 そんな彼女の明るい部分に何度も救われたことがあったけど、そこをさし引いても余りあるほどの欠点が彼女にはあったり。
「いったいなぁ。もう! 避けんといてよ、静」
「いや、今のは避けるところでしょ」
 鼻を押さえ、涙目で抗議する優子に、私は再び大きな溜め息を伴った至極真っ当な意見を述べる。
「何言ってんの。うちの溢れんばかりの愛を感じれる絶好の機会やったのに」
「そんな朝もはよから別に感じたくないから」
 さっと立ち上がり、私の腕に自分の腕を絡ませる優子。もう、抵抗する気力も起きない。
 実は彼女、少し『レ○』の気があったりするんです。いやね、別に同性愛が駄目だとかそういうことを言うつもりはないんだよ。ただ、せめて求める相手は同じ類の人にして欲しいなぁと。私は至ってノーマルな人間だし。
「ああ、つまり朝じゃなければいいんやろ。じゃあ、早速昼休みにでも屋上に」
「だから、行かないから」


 始業五分前に、べったりとくっつく優子を引きずりながら教室に滑りこむ。
 何とか、優子を席に座らせて一息つくと、ご苦労様、と後ろから声をかけられた。
「毎朝のことだけど、ホントしーちゃんも大変だよね」
 メガネの奥にクリクリとした目が、真底楽しそうに私を見る。渚め、お前も一度ターゲットになってみればいいんだ。きっとこの苦労、お前が想像するより遙かにキツいから。
「いやぁ、わたしはゆーちゃんのお眼鏡には適わなかったから。その分、しーちゃんお願いね。わたしの分の愛情もゆうちゃんに注いであげて」
「愛情も何も。私にその気はない」
 ぷいっと前を向くと、もう、つれないわね、と呟く。
 こんな私の後ろの席に座っているメガネの女の子は、伊藤渚(いとう なぎさ)。いつも、渚と優子、そして私の三人で行動する。いわば仲良し三人組、って言えばいいのかな。
 渚もなかなかクセのある子で、だいぶ精神年齢が高く、ひどく現実主義な傾向がある。
 年の割にはかなり達観していて、童顔に縁メガネ、低い身長と、幼い外見とは裏腹に、物凄く中身はえげつない。
 容赦ないひと言に、私も優子も何度枕を濡らしたことか。お陰で今では、かなり打たれ強くなった。感謝すべきかどうかは分からないけど。
「それにしても、今日はいつもより遅かったじゃない。あのゆーちゃんと一緒に登校って。……まさか、ゆーちゃんと」
「ないない。いくらなんでもそれはない」
 振り返って全力で否定する。やめてくれ、私はだからノーマルだと言ってるだろ。
「じゃああれ? 男?」
「いや、違うって。どうしてそっちの方にいくのかなー」
「何言ってるのよ。うら若き乙女の事情といったらもう恋愛の類しかないに決まってるじゃない。しーちゃん、モテるのにいつまで独り身で通す気? あんた、勿体ないことばかりしてることに気がつかないの?」
 ずいっと、身を乗りだす渚に思わず身を引いてしまう。
 残念なことに、このリアリストは非常に恋愛の類の話が大好きだ。その類の話になると、彼女は現実主義者から理想主義にくら替えする。
 ――恋愛は障害が多ければ多いほど燃えるものよ!
 いつもは現実的に考えなさいよ。なーんて言葉が口癖の渚。ただ、恋愛においては適応されないらしい。何でも、恋愛と現実は別だとか。何じゃそりゃ。
 普段の言動から、頼れる姐さんキャラな渚は、よく先輩後輩とわず何かと相談を受けることが多い。適格かつ、相談者の意を汲みとる彼女のアドバイスは、そろそろ相談所を設けないといけないかなぁー、と渚に曰わせるほど人気だ。
 ただ、その伊藤渚相談所で、決して相談されない話がある。
 それは、片想いの恋。
 ある日、一人の女の子が彼女に片想いの恋について相談したらしい。しかし、彼女はその相談を受けたわずか一週間後、近くの峠をバイクで攻めているところを目撃された。
 一体どんな内容のアドバイスを受けたのか。そしてどうやったらあんな風になるのか。すべては謎に包まれているが、その時の教訓で彼女には決して片想いの恋は相談してはならない、という暗黙の了解が生まれた。
「いい、しーちゃん。好きな人ができたらまっ先にわたしに報告するのよ。そしたら絶対にくっつかせてあげるから。任せなさい、渚姉さんがなんとかしてご覧に入れましょう」
 ふふんと、胸をはる渚を見て、私はやっぱり頭が痛くなるのであった。
 まともな友人が、私にはいないのか、と。




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