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暖房がよく効いた店内で、ぶ然とした表情を浮かべ、私はコーラを一気にすすった。暑い。とても暑い。いくらなんでも効きすぎだ、暖房。
目の前では、スーツにネクタイ。サッパリした頭髪に、やたらクリクリした目の下にご立派なクマをこしらえた中年男が一人。非常に居心地が悪そうに座っている。
いや、非常に癪だが、中年男と呼ぶと語弊が生じるだろう。壮年。働き盛りのサラリーマンと呼んだ方がいい。
しかし、何故こうなったのか。サッパリ分からない。できればしっかりと誰かに説明して欲しい。
あまりに予想外な展開に脳が追い付いていない。きっと、この目の前の男もそうであろう。
男を一瞥する。びくっと、男の肩がはねた。
「ほ、ホントにシズさんですか?」
「え、えーっと、はい……」
会話が続かない。気まずい沈黙が場を満たす。客の話し声、エアコンが熱風を出す音、自動ドアが開閉する音。それらがやたら響いて聞こえる。
ずずず、とコーラをまたすする。
き、気まずい。気まずすぎる。
一気に飲みほしたコーラを、そっとテーブルにおいた。拍子に男と目が合う。
困惑ぎみの表情を浮かべた男は、ぎこちなく笑った。
瞬間、私の中の『マサ』くんのイメージと、この男のイメージが重なった。
私は脱力して突っ伏す。
ああ、そりゃないよ。こんな中年男と自分のイメージが重なってしまうだなんて。
弛緩しきった私を見て、男は慌てる。私は手を振って気にしないでいいと伝えた。ちょっとばかし自己嫌悪中だから。うん。
何でこうなったのか。私はとりあえずつい先程までの出来事思い出すことにした。
つい二時間ほど前のこと。クリスマス間近の、寒い冬の日。
***
「どどど、どうしよう……」
私はドキドキしながら駅前の噴水のところで立っていた。手は小刻みに震えて、身体は芯から冷えきっていた。きっと、この冬一番の気温だけが原因ではない。
休日の駅前は非常に混雑している。
結局、本当のことを言えないままこの日を迎えてしまった。別にすっぽかしてもよかったんだけど、何故か身体が勝手に動いて、気がついたらちゃんと待ちあわせの場所に着いていた。
「私のこと、分かってくれるかなぁ」
目印としてまいているまっ赤なマフラーと茶色のコート。そして、大きなクマがひょっこり顔を出したバッグ。……今思うと、ちょっと恥ずかしい。
本当のことを言おうとして、けど言いだせなくてとっさに口にしたのが目印の話。
『私、赤いマフラーに茶色のコート着て噴水前に立ってるから。あ、あとクマのぬいぐるみの入ったバッグも持ってるわ。顔が出てるからきっと分かると思う』
何で、よりにもよってクマなんだろうか。いや、私の趣味は確かにクマのぬいぐるみだけど、あのときとっさに出てくるワードではない気がする。うん、普通でない。
とりあえず、いまさらジタバタしても仕方がない。来てしまったことはしょうがない。会ったら全て素直に話そう。謝ったきっと許してくれるはずだ。だって、相手はあの彼なんだから。
どくん、と鼓動が高鳴る。顔も見たこともない相手だけど、こうもときめいてしまうのは何でだろうか。少し赤くなった頬を隠すため、マフラーに顔をうずめる。
彼と初めて『言葉』を交わしたとき、何だか他の人とは違う何かを感じた。それからはもう毎日のように彼と『言葉』を交わした。こんなに夢中になったのは初めてだった。
本当のことを言わずに会いたいだなんて、絶対に普通は言わない。けど、彼に対しては気がついたら言ってしまっていた。もう、自分でも驚きだ。
だいたい、こんなこと今までしたことがない。そして、自分でもするわけがないだろうと思っていた。人生って、どうなるものか分からないものね。……なーんて。
時計を見る。待ちあわせまであと三十分。空は今にも雪でも降りそうな雲行き。もうすぐクリスマスだからだろうか、駅前は普段以上ににぎやかだった。
サンタの格好したティッシュ配りのお姉さんや、赤いリボンと、小さなクリスマスツリーで飾りつけしたケーキ屋さん。
そんなにぎやかな駅前に影響されてか、私の心も、ドキドキしながらウキウキしている。
なんだか、この雰囲気に酔ってしまったみたい。
ちょっとふわふわした頭で、相手の目印となる特徴を思い出す。
背が高くて、紺のマフラーを巻いて、えーっと、あと何だっけ。
「あっ」
「きゃっ」
ボーっとしていたからか、誰かと背中どうしぶつかってしまった。反射的に謝ろうと相手の方を向く。
「あの、スイマセン」
「ああ、いえ、こちらこそ……あれ?」
ちょっと背の高いぶつかった男の人は、驚いたような表情で私を見た。
「赤のマフラーに、茶色のコート、それに、クマのぬいぐるみ」
「え?」
男の人は、まさか、って顔で私に尋ねた。
「シズさん?」
そう、彼は口にした。って、その名前、私の知り合いで知っている人はいないのに。ま、まさか
「えぇ! うそ、マサくん?」
どう見ても、相手は『高校生』には見えなかった。
そして、きっと相手からは、私はどうみても『OL』には見えないだろう。
あんぐりとお互い口を開き、少し硬直。そして、同時に叫んだ。
「「えぇーっ!」」
やめてよ、もう。