17歳のOLと、33歳な高校生と

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「えぇ、そんな、ウソ……」
 私はぶつかった男を見る。どこをどう見ても中年。頑張ったとしても二十代後半。私が頭の中で想像していた『マサ』くんとはかけ離れた容姿。
 あまりのショックにめまいが起きる。それと同時に、こんな見知らぬ男の人と会っていることに一気に恐怖が湧き起こった。
 に、逃げなきゃ――
 そう思い、私は振り返って駆けだそうとする。
「ま、待ちなさい!」
 そんな私の腕を、男が掴んだ。胸の内で恐怖が弾けとび、思わずその場にへたりこんでしまった。
「え、ちょ、ちょっと」
 男が慌てて手を放し、私の正面に回った。
 ああ、ヤバい。逃げないと。けど、何だか身体に力が入らない。あまりの恐怖に、身体が言うことを聞かなくなってる。
 きゅっと目を閉じて、身体を硬くする。きっとこのまま連れていかれるんだ。車に放りこまれて、変な場所で変なコトされるんだ。う、うわぁー、私どうなっちゃうんだろ。
 頭の中を駆け巡る恐ろしい想像に、血の気が引いていく。
 けど、一向に男が私を連れ去る、それどころか再び腕を掴む気配すら感じられない。
 うっすら目を開けてみると、私の目の前でオロオロしている大の大人が約一名。って、オロオロ?
 それに、何だか人が集まってきた。こ、これは恥ずかしい。
 気がつけば身体の緊張は解けていて、今度は恥ずかしさが一気に迫りあがってきた。
 ――い、一刻も早く、ここを立ち去らねば。
 私は立ちあがると、オロオロしている男の首根っこを何とか掴み、その場を退散した。


 ***

「はぁ」
 大きな溜め息を吐く。
 一人で逃げだせばよかったのに、この男も一緒に引っ張ってきたのが失敗だった。じゃなきゃ、見知らぬ中年男とファーストフード店で面と向かって座ることになんてならなかったはずだ。
 クリスマス間近の今日。私は出会い系サイトで知りあったある『高校生』と会う予定だった。
 けど、私の前に現れたのはこの目の前で小さくなっている男。
 別にコイツ、援交目当てで私と約束を取りあったわけではないと思う。何故なら、私は二十六歳『OL』として登録していたからだ。
「……僕はね、きっと艶やかな女性と出会えるものだと思っていたんです」
「私だって、ハンサムな男の子と出会えると思ってたわよ」
 ヤケになったのか、この男、先程突然ビールを注文した。彼の手元には半分ほどなくなった中ジョッキが置いてある。酔ったな、コイツ。
「それが何で、目の前に現れたのはまだ子供な女子校生で、私はこうしてコーラを奢っているのですか!」
「いや、それは、まぁ、ねぇ?」
 つまるところ、こうなのだ。
 お互い、身分を偽って出会い系に登録していたっていうこと。
 私は男から目をそらす。
 本当なら、身分を偽っていたことを『マサ』くん――ああ、これはこの男のハンドルネーム。ちなみに私は『シズ』――に出会ったら謝るつもりだった。マサくんは高校生だし、私も女子校生で同年代だから、何とかなると思ってた。
 けど、残念ながら私の目の前に現れたのは同じく、身分を偽った中年男だった。あ、頭痛い……。
「あいてがねぇ、二十六歳のOLさんだったらねぇ、きっとまぁ、何とかなると思ってたんですよぉ。ほらぁ、僕と同年代くらいだしぃ」
 こ、こいつも同じふうに考えていたのか。私はひくひくと顔をひきつらせる。
「なのにぃ、まさかぁ、こんなことにぃ、なるなんてぇ!」
「うわっ」
 男は急に身体を乗りだし、私に迫った。ちょっと、い、息が! それに酒くさっ!
「だいたいぃ、君はまだ高校生じゃないかぁ! 何で出会い系なんてところにぃ、登録してるんだよぉ! いけないだろぉ。親御さんが心配するじゃないかぁ。あと、身分を偽っちゃぁ、いけない。ああ、ぼかぁね、いいんだよ。責任が取れるおとなだからぁ。だけどねぇ、君みたいなまだわかぁい、しかもおんなぁのこがね、出会い系はいけないねっ。危ないよ。ホント。いや、ね。僕が説教なんてできないっていうのはわかぁってるんだけどね、こういうのは誰かぁが言わないと」
 とんでも無く至近距離から、マシンガントークで説教を垂れ始めるこの男。座席のお陰で後ろに逃げだせない私の顔に、酒臭い息がかかる。
「ちょ、ちょっと、やめてって!」
「最近のわかものはぁ特にね、こういうことにかんして危機感をもってぇないんだよ。平気で身体を売りものぉにする女の子もいるらしぃじゃないか。だめだね、こんなんじゃこのにっぽんはもうだめだ。お先がまっ暗だ」
「や、やめろ!」
「はぎゃっ!」
 瞬間、男はテーブルに沈んだ。私はじーんとしびれる自分の右こぶしを見た。ああ、思わずやってしまった。
 近付いて生きてるかどうか確認する。……こ、コイツ、寝息をたてていやがる。
 しかし、どうもなさそうなことに私はホッと息をなでおろした。よかった、大事には至ってないようで。
 ここでふと、辺りが静かになっていることに気付く。そろっと周りに視線を向ける。客のほとんどが、こちらを見ていた。
「は、ははは……」
 冷たい汗が、私の背中をつつっと流れていった。




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