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頂き物作品
一人じゃない
著:ホリィ・セン

1
高校になってからというもの、俺の野球人生に狂いが生じてきた。
俺は一年間世話になった京都烏羽(うばね)高校を出て行き、
甲子園と目と鼻の先の西宮尼磨津(にまづ)高校へと転校することにした。
野球をやることで気に入らない部分があったのだ。
まず監督の方針だ。
チームの和を重んじ、全員がカバーし合ったりするというものだった。
俺はこれは間違っていると思った。
現に3年引退後、この方針に従ってきたと思われる2年は全体練習だけをして自主トレは全くしていないのだ。
それゆえ実力もなく、ここ最近の練習試合でも勝ったことが無かった。
やはり個人個人が自分を高め、競争し合い、その中でチームの和ができるものだろう。
そして、選手だ。


練習中にて・・・
「私は用事があるので失礼するが、しっかり今言ったことをやっておくように」
監督はそう言って、その場を去っていった。
そこで、2年生はこそこそ話をはじめた。
(練習だりぃし、早めに切り上げてマック行こうぜ!)
(賛成)
(了解)
(了承)
(右に同じ)
(以下同文………)
2年生は帰って行ったのである。


俺は残って自主トレをしていたが、こういうことが何度もあったのだ。
まず、サボるなら練習来るなよ!大体、マックとはなんや!マクドと言わんかい!マクドと!
おっと、話が脱線した……まあ、そんな訳で俺は転校することにしたんだ。


「本当に行くのか?」

新2年生、キャッチャーの沖田が聞いた。
「ああ、俺は馴れ合いをするために野球部に入ったんじゃない。野球をするために入ったんだ」
俺は静かにその場を去っていった。


俺の父は2年前に肺がんで他界している。
母に転校することを告げると、少し驚き、止めもせず西宮尼磨津寮に入ることを了承した。


「これから、新入生は軽く自己紹介をしてくれ、まずはそっちの転入生から」
「京都の烏羽高校から来ました、前田 宏章です。前の高校では投手をやっていました」
前田は本当に軽く終え、
「次は1年生達、左から順に」
「自分は木戸中学から来ました………」
全員が自己紹介を終えると今度は現野球部から改めて自己紹介。
「俺は古賀 栄太。現キャプテンでサードを守っている」
「俺は国定 礼二。副キャプテンでキャッチャーだ」
………しばらくして、2年の自己紹介。
「工藤 彩樹(さいき)だ。ピッチャーをやってるぜ」
「私は神久 直人、キャッチャーです」
「僕は多田 翼。ポジションはショート、ジャンプ力の高さが自慢かな」
「平井 祐。センター………」
そして、
「自己紹介を終えたな。私が監督の武藤だ。練習は明日からだ。今日は解散」


2
まずは新入生の実力を試され、前田は高い評価を得た。
基本的な練習を終えると、バラバラにグループ的なものができて、自主練習となる。
ピッチャーの前田と工藤は投げ込みをすることとなり、前田は神久と、工藤は国定と組むことになった。
「変化球は何があるんだ?」
神久が質問した。
「スライダーとシュートだ」
神久のメガネが光る。
「横に揺さぶるタイプというわけか、ところでサインだが三番目の数字で決める、
1がストレート、2、スローボール、3、スライダー、4、シュートだ」
サインを盗まれないためには分かりにくくしなければならない。
ブルペンにつき、早速投げ込む。
長身から繰り出されるオーバースロー!
バシッ!
(思ったより速くはないな)
「次、スローボール!」
高い所からやまなりのボールが繰り出される。
(!?)
ばすっ。
(フォームに変化がなかった、やるな)
「次、スライダー!」
やはり高くからボールが来る。
バンッ!
(いい変化だが曲がり始めがはやいな)
「次、シュート!」
変わらぬフォームでボールが繰り出される。
(なに!)
バスッ!
あまりの変化に弾いてしまった。
(スピードはストレートと差は少なく、さらにオーバースローとは思えん曲がり方をするな、やはり曲がり始めが速いが)
(それに………)
結局、その日は40球ほどで終わらせた。
(思ったとおりノーコンだ、あれであんなに曲がられちゃ、俺が弾くも無理はない)
「お前がどんな投手か大体見えてきたよ」
「そうか」


練習の日々は続き、春の予選がやってきた。
一回戦の相手は亀島高校である。
「あー、それではこれがオーダー表だ」
キャプテン古賀に手渡す。
「1番センター平井………………」
キャプテンがオーダーを発表していき………
「9番ピッチャー工藤!」
「ハイッ!」
(俺じゃないのか………)
前田は下を向く。
ちなみにオーダーは
1番センター平井
2番セカンド森
3番サード古賀
4番ファースト鳥越
5番キャッチャー国定
6番ショート多田
7番レフト大久保
8番ライト大槻
9番ピッチャー工藤
となっている。
尼磨津高校は後攻となり、観客がほとんどいないなか、ゲームは開始した。
工藤は投球練習を終え、1番バッターとの勝負となった。
「一番、ライト、鈴木君」
ウグイス嬢の声が鳴り響き、工藤は投球を開始した。
スリークォーターから投じられたストレートは高めに決まりワンストライク。
鈴木はそのボールに驚いていた。
なぜなら、立ち上がりから130`中盤ぐらいはでているのだ。
そして、間髪いれず第二球!
真ん中から外へと逃げるカットボール!
これを鈴木は引っ掛けたが、振り遅れでファールとなった。
これも120`後半の速度。
そして、すぐに第三球!
(同じコース!球速的にまたカットボールか。もらった!)
ブゥン!
見事に空振り、ワンアウト。
さきほど鈴木が空振った球は工藤の決め球、ドロップボールである。
120`後半のスピードで急激に落ちるため、打者によってはボールが消えたかのようにも見えるほどである。


ベンチに座っているキャッチャーの神久は味方にもかかわらず分析していた。
(高速系の球ばかりということを1番から明かしてしまった訳で、さらに3球勝負か………おそらく、調子に乗ると強いピッチャーだろう)


「2番、セカンド、田辺君」
国定は初球、ストレートを要求したが、甘く入ってしまった。
(もらった!)
田辺は巧く流し、一二塁間を抜くヒットを放った。
「ちっ!」
「3番、ファースト、向井君」
初球カットボールから入り、向井は見送り、ワンストライク。
2球目ドロップを見送り、これは外れて、ワンストライク、ワンボール。
今度は内角低めにストレートをほうったがこれも見送りツーストライク、ワンボール。
そして、またも決め球のドロップで行く。
(あれは………やはり!ドロップ!)
カァン!
ドロップを見事にセンターに………返せず。
「ぃよし!」
ショートの多田がワンバウンドでダイビングキャッチしていた。
自らベースを踏み、ファーストへ送球!
しかし、これが暴投となりランナーは二塁へ!
しかもライトもキャッチャーもカバーに入っていなかったため、クッションボールでもたつき、三塁へと行かれてしまった。
守備陣に険悪なムードが流れる。
このピンチに工藤は崩れ、4番5番を歩かせてしまう。
「落ち着いて、力を抜いて!」
サードの古賀が言葉を並べるが、もはや聞いていない。
「6番、レフト、須田君」
投球を開始するが、置きにいってしまう。
(よし!)
ガギィン!
ど真ん中の棒球を引き付けて打ち、打球は右中間へと40度の角度で飛んでいく。
しかし、センターの平井が走る!走る!
ものすごい守備範囲で涼しい顔をしてキャッチした。
この回、満塁にしながらもなんとか抑えた。
「ふう、助かったぜ」


(このチーム、個々の能力は高いが、なんとなく試合慣れしていないんじゃないか)
今度は神久ではなく前田が思った。


「平井の好プレーがでて、ピンチを逃れ、相手はチャンスを逃した。風はこっちに吹いている。いけるぞ!」
古賀が気合を入れる。
「一番、センター、平井君」
平井は軽く素振りをし、打席に立つ。
相手投手は左で、こっちも左のため、左対左の勝負となる。
ワインドアップから繰り出す豪快なフォーム!
背中にはOHGAMIの文字と背番号1。
ボールは内角低め、際どいところだが、平井は見送る。
「ストゥライック!」
審判の声が響き、ストライク。
(なにィ!)
平井はなぜか内心動揺していた。
相手投手の大上は第二球。
今度は外角低め、またもや際どい。
目が血走っている平井はバントの構えをしようとして、すぐに止めた。
「ボール」
実は平井は自分の考えと現実に狂いが生じると感情的なタイプになるのである。
三球目は真ん中、しかし、外角へと外れるカーブ!
平井はバントの構えをするが、第二球の時にすでに気づいていたサードがダッシュをかける!
(ふん!)
バットを引く平井。……バスターである。
平井は外角へと外れるカーブを逆らわず流し、ボールは前に出ていたサードの頭を超え、
ライン際の内側へ落ち、回転のかかったボールはファールゾーンへと転がっていく。
慌ててレフトがカバーに入るが平井はすでにセカンドベースへと向かっていた。
「田辺!」
セカンドベースカバーに入っている田辺にボールを送るが平井はそれよりも先にベースに着いた。
「いよっしゃぁ!」
平井がセカンドベース上でガッツポーズを作る。


「平井ってああいうキャラだったのか」
多田の言葉にみんなが共感する。


平井はすでに冷静に戻っていた。
「2番、セカンド、森君」
(2番セカンドって多いなぁ)
打たれたにもかかわらず違うことを考えながら、大上は牽制を送る。
「セーフ」
一片の隙も見せずに帰塁する平井。
キャプテンの古賀がバントのサインを送るが見落としている森。
内角へのストレートを投げる大上。
ここで、森は思い切った初球打ち!
打球は三遊間を………抜けない。
ショートががっちりキャッチしボールをファーストへと投げる。
ここでまたもや平井が隙をつき、サードへと走る!
ファースト向井は慌ててサードに投げるがこの送球が低い!
ワンバウンドになるがサードはなんとか止める、平井はすでにセカンドベースに帰っていた。
「オッケィ!ワンアウトー!」
サードが場を盛り上げる。


森がベンチに帰ってくる。
「サイン見ろっちゅうに」
「すまん、忘れてたよ」
(大丈夫か?このチーム)
前田は一抹の不安を感じていた。


「3番、サード、古賀君」
(ここは鳥越に繋ぐか)
大上がセットポジションからストレートを投げる。
初球は見逃しワンストライク。
平井がじりじりとリードを広げる。
「ランナーは気にすんな!走ってきたら刺すからよ」
投球を開始すると同時に、平井は走る!
大上はキャッチャーの言葉を信じ、外から内に入ってくるカーブを投げる。
これを古賀はバントで逆らわずサード側へと転がす。
「バントエンドランだぁ!」
古賀が吠えると予測していなかったサードとピッチャーが前に出るが、近いピッチャーが取ることに。
「ファーストだ!」
エンドランということからキャッチャーが指示する。
振り返って、ファーストへ!
高い送球となり、ファーストはジャンプして取ったため遅れる!タイミングは微妙だが?
「アウト!」
審判のコールが響く。
「っしゃっ!ツーアウトー!」
2アウトランナー3塁の場面でバッターは鳥越。
落ち着きを取り戻した大上は厳しいコースをズバズバ決め、2ストライクへと追い込む。
(ここは一球外せ)
キャッチャーがサインを送るが首を振り、今度はなにやらピッチャーがサインをだす。
キャッチャーは一応頷き、大上は投球を開始する。
フワリとしたボールが飛んでくる。
(三球勝負かよ!しかもなんだ!変化球か?)
鳥越はこういう場合は外れると思い、見逃した。
「ストォライク!バッターアウッ!……チェンジ!」
「よし!」
そのボールの正体はスローボール。大上は普段ストレートとカーブで抑え、ここ一番で使う。
(変化すると思ったんだがなぁ)
まんまと嵌められた鳥越はしぶしぶ守備へと向かった。


結局5回まで、7安打してるにもかかわらず、尼磨津高校の点は国定のソロホームランのみで
逆に工藤はエラーがらみで4失点していた。
「前田、次の回から行くぞ」
「おう」
6回表、尼磨津高校はバッテリーごと交代し、ピッチャー前田、キャッチャー神久となった。
投球練習を終え、バッターは7番キャッチャーの西谷からである。
(スローボールからはいるぞ)
(了解)
サイン交換を完了し、第一球!
シュルシュルシュル………
西谷は見逃す。
「ストライッ」
ゆっくりと第二球。
ヒョロヒョロヒョロ………
一球目よりも遅いスローボール。
「くぉの!」
これは僅かにボール球だったが手を出してしまい、サードフライ。
ワンアウトで、8番センター三上を迎える。
(ストライクからボールに外れるスライダーだ)
(了解)
変わらぬフォームから投げるため見分けはつかない。
しかし、やはりノーコン。ボールはバッターの方向へ。
「うぁっ!」
バッターが尻餅をつくが………
「ストライ!」
スライダーにより、ボールからストライクへと入っていた。
(相手は腰が引けてるな。外は届かないだろう)
またもやコントロールミスで胸元の際どいところへ。
「ひっ!」
「ボールッ」
(更にさがったな、やはり外角へのストレートで)
(了解)
今度はコントロールミスなく、外角へ。
「ストライック!」
(ストライクからボールに外れるスライダーで)
(今度は何が来る!ストレートか?これは入る、振らなきゃ)
ブーン!!
ボールに外れるスライダーを空振り、三振。
「ツーアウトー!」
「9番、キャッチャー、近藤君」
今度は駆け引きなく、食い込むシュートを引っ掛け、ボテボテのサードゴロで終了。
「よし、三者凡退!」
そして………


「ゲームセット!礼!」
「(ありがとうございま)シタァ!!」
前田は3四球2安打3三振無失点に抑えたものの点は取れず、4−1で敗北した。


試合終了後………
「なあ、神久」
前田が神久に呼びかける。
「なんだ?チームが試合慣れしていないことか?」
「驚異的洞察力だな。アタリ」
「実はウチは練習試合を組めない理由があるんだ」
前田は真剣な面持ちで神久の話を聞く。
「ウチの監督、不真面目だろ?試合の時しか現場でないし、サインもキャプテンが出してるし。ウチは昔から監督に恵まれず、
 練習試合を組んでくれなくてな、ここ7年練習試合をしてないんだ」
「そう…だったのか………」
前田は黙り込み、その場を後にした。


3
その後も同じような練習が続き、転機が訪れることもなく、秋の大会も初戦で負けた。
「………はぁ。」
前田は初戦負け後、溜め息をもらしつつ寮へと戻った。
寮には一応、持ち込んだテレビがある、何気なくテレビをつけてみる前田。
「えっ!」
その時前田が見たものは、信じられない光景だった。
ニュースの試合の結果だったが、なんと転校する前にいた烏羽高校が夏に負けた亀島高校に大差で勝利しているのである。
「どういうことだ?」


あくる日もテレビで見ていたが烏羽はどんどん勝ち進み、とうとうベスト8まで上り詰めた。
しかし、これまでの結果は乱打戦が多く、両チームピッチャーがいない戦いが多かった。
しかし、準々決勝では投手の整備された粂(くめ)高校と当たり、4−8で負けてしまった。
「俺に………戻れと言うのか………」


前田は一度烏羽高校を訪ねた。
「前とは変わってないな」
しばらく見ていると………
「前田じゃん。何しに来たんだ」
ソフトボール部顧問の粟口に声を掛けられる。
「あ、粟口先生。いや、あそこまでの弱小チームがどうしてベスト8までいけるのかと………」
「前田は野球部だったな………今の2年生を見れば分かる」
野球部の方を見る前田。
動きが素早く、覇気がある。
「………ってことは前の3年生が悪かったってことですか?」
「正確には数年前の顧問が悪かった」
「えっ?」
「数年前、自主トレ禁止で選手一人一人をランク付けされる管理野球というものがあった」
前田はしばらく聞くことにした。
「しかし、チームは衰退し2年前を持って、その顧問は辞職した」
「その時の1年も徹底した管理野球を受けていて、管理野球制度が解けても、性根は腐り自主トレもしなかった」
「そして、その生徒の引退後、現監督の長尾さんの方針でチームは強くなった」
前田は話を聞いて、一つの答えを見出した。
「俺は間違ってたのか?」
チームの和こそがチームとしての全てだ。
(これは長尾先生の言葉だ)
(今思えば、あいつらが準々決勝まで行った時も、繋ぐ野球で4点をもぎ取った………)
(尼磨津でやっていてもこのままじゃ勝てない………)
前田は2年生達の所に行った。
「「「前田!」」」
何人かが名前を呼んだ。
「今思えば、俺が間違ってた。もう一度、チームに帰らしてくれないか?」
土下座する前田。
「なに…やってんだよ」
「戻ってこい」
前田は頭を下げ、尼磨津に帰った。


「今度、新しい顧問が入るらしい」
「俺には関係ない」
「なんでだよ」
「烏羽に戻る」
「本気か?プラス正気か?」
「ああ」
前田が神久に対して展開の速い論争を繰り広げた後、現キャプテンの神久に退部届けを渡した。


「新しく顧問を務める西富(にしとみ)だ。話によると顧問のせいで練習試合が組めなかったそうじゃないか?」
うんうんと頷く選手達。
「そういうことならば、これからは土日はほとんど練習試合にしよう。文句はないな?」
「本当ですか!」
「ついにこの学校も顧問に恵まれたか?」
口々に喜びを示す選手達。
「と、いうことで次の土曜日に烏羽高校と戦おうと思う。強いチームの力を見ておくべきだしな」
(なんでそんな遠い所に………)
「待ってください」
「なんだ?神久」
「烏羽は遠いです」
「じゃあ………」
メモを取り出す西富。
「砂川高校あたりと戦うか、これなら県内だしな」
(やっぱり遠い………)
「いいでしょう」
(烏羽と戦うわけにはいかん。勝負は甲子園でだ!)
神久は烏羽が甲子園へ行くのを少し確信していた。


そして、春………
新たなる戦いが始まる………

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